【テクニカルレポート】In vitro培養系を用いたヒトノロウイルスに対する消毒薬の有効性評価
本記事は、和光純薬時報 Vol.93 No.4(2025年10月号)において、
富士フイルム富山化学株式会社 大西 由美様に執筆いただいたものです。
◆はじめに
ヒトノロウイルス(HuNoV)は感染性胃腸炎の主要原因ウイルスであり、その感染力は極めて強く、環境中でも長時間生存するため、消毒剤等による環境清掃が感染防止対策として重要である。HuNoVに対して様々な消毒薬が使用されているが、その有効性を評価するための公的な標準試験方法及び基準が確立されていない。その理由の一つとして、HuNoVの安定的かつ汎用的なin vitro培養方法に関する研究が発展途上にあることが挙げられる。このため、HuNoVに対する消毒薬の有効性評価として、ネコカリシウイルス(FCV)やマウスノロウイルス等の代替ウイルスを用いたin vitroでの評価やRT-qPCR法を用いた消毒薬作用後のHuNoV RNAコピー数の定量による評価が行われている。しかしながら、代替ウイルスを用いた評価では、代替ウイルス間で熱やpH等の物理化学的変化に対する安定性が異なることや代替ウイルスの消毒剤等に対する抵抗性がHuNoVと異なることが報告されている1, 2)。また、HuNoV RNAコピー数の定量による評価では、感染性・非感染性ウイルスが混在した状態で評価せざるを得ないのが現状である。従って、HuNoVに対する消毒効果をより適切に評価するために、in vitro HuNoV培養系を用いた評価方法が望まれている。
近年、ヒト腸管幹細胞由来オルガノイドを用いたHuNoV培養成功の報告があり3)、ヒト腸管幹細胞由来オルガノイドを用いた培養系は、感染、増殖に関する基礎的な研究及びワクチンや治療薬、消毒製品等の評価へ応用されつつある。
そこで、我々はヒトiPS細胞由来腸管上皮細胞F-hiSIEC™を用いて、in vitro HuNoV培養系及び本培養系を用いた消毒効果評価系を構築し、HuNoVに対する消毒効果の評価サービスを開始した。今回、F-hiSIEC™を用いたin vitro HuNoV培養系及び各種消毒成分及び消毒製品のHuNoVに対する消毒効果の評価結果を報告する。
◆In vitro HuNoV培養系の構築
HuNoVは、ノロウイルス陽性患者の便検体を用いて10%溶液を調製し、ウイルス液とした。腸管上皮細胞へと分化培養したF-hiSIEC™に、10%ヒトノロウイルス陽性便検体溶液を適宜希釈した後、接種、培養し、培養前後の培養上清中に含まれるHuNoV RNAコピー数をリアルタイムPCRにて測定した。培養前後のHuNoV RNAコピー数を比較することにより、HuNoVの増幅を評価した。10、100及び1000倍に希釈した遺伝子型GII.3 [P12] 及びGII.4 [P31]のヒトノロウイルス陽性便検体溶液を接種、5日間培養したところ、いずれの遺伝子型においてもHuNoV RNAコピー数の増加が認められ(図1)、F-hiSIEC™を宿主としてHuNoVが増殖していると推察された。

図1.F-hiSIEC™におけるHuNoV RNAコピー数の増加
◆HuNoVに対する消毒効果の評価
本培養系を用いて、消毒成分及び消毒製品の効果を評価した。被験物質とヒトノロウイルス陽性便検体溶液を1 : 4 の混合比で混合、室温で5分間消毒反応を行った。培地での200倍希釈による中和操作を行った後、F-hiSIEC™に接種、培養した。培養5日後の培養上清中のRNAコピー数を比較することにより、消毒効果を評価した(図2)。0.1%次亜塩素酸ナトリウム溶液及び10%ポビドン-よう素はいずれの遺伝子型においても培養5日後のRNAコピー数は定量下限値未満であり、十分な消毒効果を示した。0.1%塩化ベンザルコニウムはいずれの遺伝子型に対しても消毒効果を示さなかったが、アルカリ性条件下で0.1%塩化ベンザルコニウムを作用させた場合はRNAコピー数の減少が認められた。75%エタノールを作用させた場合、GII.4 [P31] においては1.5 log copies/well 程度のRNAコピー数の減少が認められたが、GII.3 [P12] においては0.2 log copies/well程度の減少にとどまり、遺伝子型間で差が認められた。75%エタノールを酸性条件下で作用させた場合は、いずれの遺伝子型においてもRNAコピー数が定量下限値未満まで低下し、十分な消毒効果が認められた。また、市販製品A(エタノール含有塩化ベンザルコニウム製剤)及び製品B(酸性エタノール)についても、培養5日後のRNAコピー数は定量下限値未満であり、十分な消毒効果が認められた。
これらの結果をHuNoVの代替ウイルスとして汎用されているFCVに対する消毒効果の評価結果と比較した(図2)。FCVにおいては、HuNoVに対する消毒効果が認められた被験物質に加え、HuNoVに対して消毒効果が認められなかったアルカリ性条件下でも被験物質非作用群と比較して3 log TCID50/mL以上のウイルス量の低下が認められた。

図2. 消毒成分及び消毒製品のHuNoV及びFCVに対する消毒効果
◆総括
HuNoVと代替ウイルスであるFCV では、pHや消毒成分等に対する感受性は同一ではないことが明らかとなり、実環境でのヒトノロウイルスに対する消毒薬の有効性予測において、F-hiSIEC™を用いたin vitro HuNoV培養系による消毒効果評価系の有用性が示唆された。
参考文献
- Cromeans, T., et al. : Appl Environ Microbiol, 80, 5743 (2014).
- Tung, G., et al. : J Food Prot., 76, 1210 (2013).
- Ettayebi, K., et al. : Science, 353, 1387 (2016).
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