【総説】有機トランジスタの評価法
本記事は、東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 工学部応用化学科 岡本 敏宏准教授に執筆いただいたものです。
これまでの精力的な研究により、有機半導体材料の性能指標であるキャリア移動度(以下、移動度と略す)は、現在実用的に用いられているアモルファスシリコンを超え、10 cm2/Vs以上の移動度が報告されるまでになっている1-3)。この移動度の向上により、実デバイスにおける重要な基本素子である有機電界効果トランジスタ(Organic Field-Effect Transistor, OFET)を用いたディスプレイやRF-IDタグなどの実用化が現実的なものになりつつある。
しかしながら、ハイエンドなデバイスの実現のためには、一ランク上の高い移動度を有する有機半導体の開発が必要不可欠である。上記に述べたように、OFETは基本素子であると同時に、有機半導体中のキャリアが電子もしくは正孔なのか、また、キャリアの伝導しやすさ(移動度)などを抽出することができる半導体材料の開発においても重要な素子構造である。ここでは、有機トランジスタの評価法の概要をまとめた。
OFETは、ゲート電極、絶縁体層、有機半導体層、コンタクト電極からなる(図1a)。ゲート電極、絶縁体層および有機半導体層の三層構造は、絶縁体によって二つの伝導体が隔たれたコンデンサと同様の素子構造である。よって、ゲート電極と有機半導体の間にゲート電圧VGを印加すると、本来、伝導電荷を持たず伝導性を示さない有機半導体中に電圧に応じた電荷が蓄積され、伝導するオン状態に切り替えることができる。
この時の電荷量は絶縁体の電気容量とゲート電圧に比例し、電荷量の増加に応じて電流量が増えることになる。したがって、ゲート電圧を変えながら電流量を測定することによって、電荷あたりの伝導度である移動度を測定することが可能である。印加する電圧条件により、伝導チャンネル(以下、チャンネルと略す)中のキャリア分布が異なるが、いずれも簡単な計算によって移動度を評価可能である。
ドレイン電圧VD、ゲート電圧VGおよび閾値電圧Vthとして、VD << VG - Vth (線形領域、図1b)の場合にはチャンネル全体でほぼ均一に電荷が蓄積されており、有機半導体はほぼ "抵抗体" として振る舞いチャンネルを流れるドレイン電流IDはVDに対して線型的に応答する。この時のドレイン電流は、
ID=VD Ci µ・W/L・(VG-Vth-VD/2)
で表される。ここで、Ciは絶縁膜の電気容量、µは移動度、WとLは伝導チャンネルの幅と長さである。VD > VG - Vth (飽和領域、図1c)の場合には、ドレイン電極付近にキャリアは存在しなくなり、IDがVDの増加に対して変化せず飽和する。この時のドレイン電流は、
ID=1⁄2・VD Ci μ・W/L・(VG-Vth)2
で表される。これらの電圧領域において、一定のVDを印加してVGを掃引して伝達特性(図1b, c)、および一定のVGを印加してVDを掃引して出力特性(図1d)を測定するのが一般的なOFETの評価法である。
有機半導体の伝導性の評価にOFETを用いる利点としては、1) 物理的にOFET構造を構築可能、2) 実デバイスと同じ構造での特性評価が可能、3) 比較的簡単な電圧印加および電流測定で評価が可能などの点が挙げられる。より詳細な説明については、専門書を参考にされたい4)。
このように簡単な測定と解析によって移動度をはじめとする物性値を抽出できるため、多くの研究者がこの方法で有機半導体およびOFETの特性を評価している。しかし、上記の数式は様々な仮定のもとに適用可能であり、"正しく"トランジスタが動作していないにも関わらず数式を適用しているために、ごく最近、移動度が正しく評価されていないことが指摘されている5)。
有機半導体特性を正確に評価するために、磁場中での精密測定であるホール効果測定が推奨されている。ホール効果測定は、磁場中を伝導するキャリアが示す伝導方向と垂直方向のホール起電力を測定することで、有機半導体中での伝導機構やキャリア量の測定が可能である。ただし、有機半導体のホール効果測定は、超伝導磁石による10 T級の磁場を必要とし、3 cm2/Vs以上の移動度を有する有機半導体であっても印加電圧の0.5% (数mV) 以下の小さな信号であるので、測定は容易ではない。現状では、いくつかのグループによって、限られた高移動度の有機半導体について測定されているにとどまっている6-10)。
このように、移動度は、実デバイスの応答速度を決定するとともに有機半導体自体の伝導性を表した重要な物性値であるため、OFETの評価から得られる情報は学術的にも工業的にも必須である。有機半導体材料の特性評価には、理想的にはホール効果測定が適しているが、比較的高い移動度を有する材料のみで実施可能であることから、やはり、電圧掃引による一般的なOFETの評価が不可欠である。OFET評価は簡単に実施可能である故に、特に得られた特性の "正しさ" について、精査しなくてはならないことを念頭におかれたい。
参考文献
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