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【高橋ウイメンズクリニック 塩谷先生:急速融解の検討】

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第65回日本卵子学会学術集会のランチョンセミナー『IVFラボワークに変化をもたらすワンステップ胚融解- 従来の4stepから1stepへ-』で演者を務めて頂いた高橋ウイメンズクリニック 生殖技術開発課の塩谷仁之先生に急速融解に関するインタビューを行いました。

急速融解とは?

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従来のビトリフィケーション法における融解は、Thawing、Dilution、Washing1、Washing2 の4ステップで浸漬するプロトコルが一般的ですが、近年Thawingのワンステップのみのプロトコル、通称 「急速融解法」が注目されています。胚発育能を保ちつつ、およそ90%のラボワーク短縮につながることから、国内外で急速融解法を検討・実施する施設が増加しています。

貴院ではなぜ急速融解を検討しようと思ったのでしょうか。

第一に、胚融解にかける時間を減らしラボワークの負担を軽減しようと考えたからです。当院では昼からの移植に向けて、8:00~9:00に胚融解を実施しています。この時間帯は検卵、受精・発育確認、胚凍結、精液調整、患者様へのご連絡なども並行して行います。また前日の採卵時に未成熟卵子が多かった症例ではOne-day old ICSIを実施することもありますし、その他、胚生検を朝一番で行うこともあるため、ラボスケジュールの中で最も密な時間帯です。その中で胚融解は1症例あたり13分程度を必要とすることから、業務負担が大きいラボワークの一つです。そこで胚融解にかける時間を減らし、ラボワークの効率化を図りました。

次に、融解時の胚操作時間を減らすことによる妊娠率の向上を期待していたからです。培養器外での胚操作は、温度低下や照明への曝露など胚ストレスを伴うかと思います。そこで胚ストレスを少しでも軽減させることで、より高い妊娠率を達成できるのではないかと考えました。

そんな中2021年のアメリカ生殖医学会でMannsらが胚融解プロトコルを省略しても胚の生存率に影響を及ぼさないとの報告がされ、当院でも検討することになりました。

急速融解を検討するにあたって、懸念点はございましたでしょうか。

やはり浸透圧の急激な変化による、胚へのダメージを懸念しておりました。
通常の融解プロトコルではTS(Thawing solution)、DS(Dilution solution)、WS(Washing solution)を介して実施されるかと思います。この間、浸透圧は約1800、800、280mOsm/kgと段階的な浸透圧を経て、耐凍剤の除去と融解を行います。一方で急速融解は、胚をTSへ1分間浸漬した後培養液へ移すので、急激に浸透圧が変化し胚の生存率や発育に影響するのではないかと考えておりました。

しかし研究へ提供された廃棄胚を用いて検討したところ、分割期胚・胚盤胞期胚ともに生存率は低下することなく、その後の発育も良好な結果を示しました。これらは形態が不良な胚でも一貫しており、急速融解による懸念を払拭する結果となるものでした。

セミナーでも質問がありましたが、検討にFujifilm Irvine Scientific社のTS液を選択された理由を教えてください。

急速融解の報告はアメリカ生殖医学会や論文などでいくつか報告されていますが、それらの多くがFujifilm Irvine Scientific社製のVit Kit-NXを使用しており、検討するにあたっては、医療なのでエビデンスがある製品で実施すべきと考えるからです。※1
またVit Kit-NXには血清が含まれております。仮に細胞膜が損傷した場合でも、血清脂質に含まれるリン脂質、脂肪酸、コレステロールによる細胞膜修復が期待できるのではないかと考え、当製品を使用するに至りました。

貴院では臨床での急速融解を実施していらっしゃいますか。

はい。
実施前には、急速融解の懸念を払拭するために長い時間をかけて検証を続けてきました。生存率への影響がないことはもちろんのこと、胚発育率や発育動態、発生速度、胚盤胞発育後の形態評価に加え、胚盤胞期胚の再拡張率などの様々な点で評価する必要がありました。これだけでは安全性が十分に証明できないと考えHoechst33258とPropidium iodideを用いて、胚の各細胞への影響も蛍光観察しましたし、In-vitroでの着床能も評価しました。その結果、急速融解によるネガティブな影響がないことが証明され、臨床での使用を開始しました。当院では通常の融解プロトコルと同等の成績が得られております。

急速融解はラボ業務の効率化が一つの利点ですが、実際に導入してみて何か変わったことはありますか。

朝の忙しい時間帯での業務負担を軽減できたかと思います。これまで融解に必要としていた時間を他の業務に割り振れるので、その分落ち着いてラボワークが実施できているかと思います。それだけでなく、万が一イレギュラーなことが起きても柔軟に対応することができるので、ラボ全体として余裕が生まれたと思っています。

塩谷さんの考える今後の凍結融解の展望を教えてください。

急速融解は通常の融解方法と比べても同等の成績が得られております。しかし、急激な復水による胞胚腔の拡張がおこるため、囲卵腔が埋まってしまい、アシステッドハッチングができない症例があります。この点は改善の余地があると考えています。
また胚凍結に関して言えば、ES(Equilibration solution)への浸漬時間を短縮しても生存率に影響がないことが報告されているので、凍結プロトコルの最適化、効率化も今後期待できると思います。当院では急速融解の長期的な評価を実施したのちに検討する方針です。

※以下、報告された論文です。

資料①
タイトル:
Validation of a new, ultra-fast blastocyst warming technique reduces warming times to 1 min and yields similar survival and re-expansion compared to blastocysts warmed using a standard method.
文献情報:
Manns, Jessica Nicole et al.: Fertility and Sterility, Volume 116, Issue 3, e165 (2021).
資料②
タイトル:
Ultrafast warming protocol demonstrates similar outcomes and significantly decreases embryology workload compared to standard warming protocols, a randomized control trial with euploid blastocysts.
文献情報:
Taylor, Tyl H. et al.: Fertility and Sterility, Volume 118, Issue 4, e150 (2022).
資料③
タイトル:
Rapid vs standard: ultrafast warming of vitrified blastocysts does not alter blastocyst competency and stress response.
文献情報:
Chaplia, Olga et al.: Fertility and Sterility, Volume 120, Issue 4, e204 - e205 (2023).
資料④
タイトル:
Fast and furious: pregnancy outcome with one-step rehydration in the warming protocol for human blastocysts.
文献情報:
Liebermann, Juergen et al.: Reproductive BioMedicine Online, Volume 48, Issue 4, 103731 (2024).

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