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【総説】腸内環境の見える化技術の開発と健康未来への展望

本記事は、和光純薬時報 Vol.93 No.3(2025年7月号)において、国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所 國澤 純様に執筆いただいたものです。

最新研究で見えてきた健康維持・増進における腸の働き

コロナ禍を経験し、多くの方の健康に対する意識が高まっています。その中で、「腸」の働きが注目されています。多くのメディアで「腸活」という言葉が取り上げられているように、腸と健康との関係が一般の方にも広く知られるようになってきています。
腸は消化管と言われるように、食べたものを消化・吸収した後、不要なものを便として排泄する臓器です。さらに、腸は、食物の消化管としての働きだけでなく、免疫や神経系、代謝の制御など、多様な生理機能に関与しており、「第二の脳」とも呼ばれるほど重要な臓器です。
腸と健康に関し、「医食同源」という言葉が示すように、古くから食と健康維持との深い関わりが知られてきました。さらに、次世代シーケンサー(NGS)を用いたメタゲノム解析や細菌叢の解析技術の進展により、腸内フローラとも呼ばれる腸に存在する細菌叢の構成や機能的役割が明らかになり、腸内細菌が私たちの身体機能や疾患のリスクに深く関与していることが解明されています。このような背景のもと、食や腸内細菌から形成される腸内環境を良くすることで、がん、糖尿病、肥満、アレルギー、さらにはうつ病や認知症のリスクを低減し、全身の健康を維持・増進できる可能性が期待されています。

日本に居住している方を対象にした腸内環境データベース(NIBN JMD)の構築

腸内細菌の研究は、日本だけでなく、世界的にも注目が高まっており、大規模な国際研究が進められています。これらのプロジェクトでは、ビッグデータを用い、様々な身体状態や疾患と腸内細菌との関係を解析しています。いくつかの研究は実用化につながっており、例えば、肥満や糖尿病の抑制効果が示されているAkkermansia muciniphila(アッカーマンシア菌)は、低温殺菌処理したものが体重コントロールのための食品として承認されています。
これら世界的な研究から、腸内細菌は人種や居住環境によって異なることが分かってきました。実際に、上記の体重コントロールに関わるアッカーマンシア菌は、肥満が比較的少ないと言われている日本人が多く保有していると予想されましたが、実際には日本人の多くはアッカーマンシア菌をほとんど持っていません。このような背景のもと、私たちは、日本人の腸内環境と健康との関係を包括的に理解していくためのデータ基盤の構築を目指し、北海道から沖縄まで、日本各地にお住まいの方を対象とした大規模な研究を進めています。具体的には、食習慣や生活スタイル、健康状態に関するアンケートに加えて、糞便や血液、唾液といった生体サンプルを提供いただき、腸内細菌や口腔細菌、代謝物、炎症マーカー、免疫因子に至るまで多様なデータを収集しています。こうした情報を統合し、「NIBN Japanese Microbiome Database(NIBN JMD)」として構築しています(https://microbiome.nibn.go.jp/)。このデータベースは、日本人の腸内環境の特徴を明らかにする基盤となるとともに、個人ごとに適した個別化医療・栄養の実現に向けたリファレンスとしても機能します。また、多様な年齢層・地域・健康状態の方々からの情報を集めることで、疫学的な知見の蓄積にも貢献しています。腸内細菌や食事に関する一部のデータは、フリーで公開していますので、是非、皆さんの研究に活用していただければと思います。

日本人が多く保有する体重増加抑制菌としてのブラウティア菌の発見!

NIBN JMDの構築のために収載したデータとAIなどのバイオインフォマティクス技術を活用した解析により、私たちはさまざまな健康状態や身体機能に関わる腸内細菌の候補を選定し、得られた仮説とともに基礎研究において検証し、得られた知見をヒト研究にフィードバックする「スパイラル型研究」を展開しています(図1)。
その成果のひとつが、日本人が多く保有するBlautia wexlerae(ブラウティア菌)の同定と機能解明です。ブラウティア菌は、日本人において特に高頻度で検出される腸内細菌の一つですが、これまでの研究から、ブラウティア菌は肥満ではない方が多く保有していることが報告されており、NIBN JMDを用いた我々の研究でも同様の結果が得られました。私たちは、動物モデルを用いた検討から、ブラウティア菌は過剰な体重増加を抑制し、糖尿病の症状を軽減することを確認しました。さらに、そのメカニズムとして、ブラウティア菌は短鎖脂肪酸の一つである酢酸や、代謝促進に働くS-アデノシルメチオニンやオルニチンを産生することで、宿主のエネルギー代謝を促進することに加え、腸内環境を整えることを見出しました。現在、ブラウティア菌を用いた食品や医薬品の開発を進めています。

図1. スパイラル型研究による腸内環境の機能解明と応用展開

図1. スパイラル型研究による腸内環境の機能解明と応用展開

腸内環境を整えるための3つの戦略

腸内環境が健康に影響を与える重要な因子であることは、広く認識されるようになってきました。では、腸内環境はどのように整えれば良いのでしょうか? ここでは、腸内環境を改善するための3つの代表的な戦略を紹介します。

第1の戦略:プロバイオティクス

ヨーグルトや納豆、キムチなどに含まれる乳酸菌やビフィズス菌、納豆菌など、有用な菌を直接摂取する方法です。これにより、腸内に有用菌を補充し、腸内環境を良好な状態に導くことが期待されます。上述のブラウティア菌やアッカーマンシア菌、さらにはフィーカリバクテリウム菌といった菌も次世代のプロバイオティクスとして期待されています。

第2の戦略:プレバイオティクス

食物繊維や難消化性オリゴ糖、レジスタントスターチなど、有用な菌のエサとなる成分を摂取することで、腸内の有用菌を増やすことを目的としたアプローチです。現代人はプレバイオティクスとなる食物繊維などの摂取不足が指摘されており、世界保健機関(WHO)も摂取量を増やすことを推奨しています。さらに現在では、特定の菌種を選択的に育てるために、腸内細菌に合わせたプレバイオティクスが提案できるようになってきています。

第3の戦略:ポストバイオティクス

近年注目されている新しいコンセプトが、「ポストバイオティクス」です。これは、腸内細菌が作り出す代謝物や菌体成分で、宿主に直接働きかける実効物質となるものです。例えば、腸内細菌が大豆イソフラボンから作り出すエクオールは、女性ホルモン様の働きをすることで健康効果をもたらすことが知られています。エクオールを作る菌の多さは人によって異なることが知られていることから、エクオールを作る腸内細菌が多い人は大豆イソフラボンの摂取で効果が期待できますが、エクオールを作る腸内細菌がいない、もしくは少ない人は、大豆イソフラボンを摂るよりもエクオールを摂るほうが効果を体感しやすいと思われます。メタボローム解析技術の発展により、このような有効成分の特定と機能解明が進んでいます。

これら3つの戦略は相補的であり、状況に応じて組み合わせることで、より効果的な腸内環境改善が可能となります。

「腸内細菌のリレー」によって作り出される短鎖脂肪酸

近年注目されている腸内細菌が生み出す有用な成分として、酢酸、プロピオン酸、酪酸の「短鎖脂肪酸」があります。特に酪酸は腸管上皮のエネルギー源としてバリア機能の強化に重要であり、さらに免疫の暴走を抑えることで抗炎症作用を示します。近年では、脳―腸軸を介した神経活動への影響など、全身にわたる多様な作用を持つことが明らかになっています。
このような多彩な健康効果が注目されている酪酸ですが、その産生には、酪酸を産生する菌が存在することは勿論のこと、その他の菌と連携して働くことが重要です。
食物繊維から酪酸を産生するためには、菌のリレーによる3ステップが必要なことが分かってきました。具体的には、第1ステップは糖化菌が食物繊維を分解し糖を生成、次いで第2ステップでビフィズス菌などが糖から酢酸や乳酸を作り、最後に第3ステップで酢酸や乳酸を材料にして酪酸菌が酪酸を作り出します。このプロセスを円滑にするためには、これらすべての菌が腸内に適切なバランスで存在することが重要です。

腸内環境の見える化技術の開発と個別化栄養への新しいアプローチ

前述のように、様々な腸内細菌が関与する多彩な機能が分かってきていますが、菌の存在量には大きな個人差があります。このような背景から、個々人の腸内細菌に応じた「個別化栄養」の可能性が見えてきました。私たちは現在、バイオインフォマティクス技術を活用して、個々の腸内細菌の構成や代謝活性に基づいて、食事の効果を予測するシステムを開発しています。また、効果が見込めない人には、不足成分を補う食品の提案や、発酵食品を用いた新たなレシピの開発も行っています。
このような社会を実現していくための重要なキーポイントの一つが「腸内環境の見える化」です。現在、腸内細菌の分析はゲノム解析のデータをもとにしています。これは、網羅的に測定できるという利点があり、私たちの研究でも活用していますが、時間やコストといった課題があります。一方で、一般社会で普及するためには、腸内環境の状態を日常的にモニターできる「簡単」「安価」な技術の開発が必要不可欠です。
私たちは、自分のお腹の中にいる腸内細菌を「迅速」「安価」「簡便」に測定できるよう、様々な腸内細菌に対するモノクローナル抗体の樹立を行っています1)。抗体を使った技術は、イムノクロマトといった多くの検査で使用されているシステムに活用できますし、その他、ELISAやフローサイトメトリーなどにも展開できます。このような抗体を基盤とした技術を活用することで、将来的には、家庭で簡単に自分の腸内環境をチェックできるパーソナルモニタリングデバイスの実用化や、個別化食事指導に基づくアプリケーションとの連携など、ライフスタイルに根ざした腸内環境管理の実現が期待されます。さらに、抗体は様々な研究ツールとしても使用できますので、これまでない新たな視点からの研究も可能になると期待されます。

腸内環境研究の社会実装と未来医療への応用

腸内環境の重要性が明らかになるにつれ、その知見をいかに社会に還元し、健康維持や疾患予防に役立てるかが問われています。私たちが進めている腸内環境の「見える化」は、誰もが自分の腸内環境を理解し、それに基づいて食生活や生活習慣を主体的に選択・管理できる社会を実現するための基盤になると考えています。さらには、新たな研究ツールとして活用することで、腸内細菌研究のさらなる深化と高度化をもたらすと期待されます。腸内環境と健康に関する知見の蓄積は、様々な病気の早期予測、介入、予防医療の新しい方向性の提示につながり、その結果、健康長寿社会の実現に貢献できると私たちは確信しており、私たちが開発を進めている「腸内環境の見える化」に関連する技術がその発展に貢献できれば幸いです。

参考文献

  1. Yoshii, K. et al. : Scientific Reports, 15(1), 16814 (2025).

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